「このけがは健康保険で」は犯罪の入口——「労災かくし」の構造と対抗法
労災かくし(労働者死傷病報告の不提出・虚偽報告)を解説。安衛法100条・120条5号の犯罪であること、2025年1月から電子申請が義務化、健康保険での受診を求められたときの対応、労働者自身で労基署に労災申請できること(会社の協力は不要)まで。
従業員の仕事中のけがに、現場の上司が「自分の健康保険で受診して。治療費は会社が出すから」——これは労災かくしの典型的な始まりです。なぜやってはいけないのか、何が起きるのか、会社は何をすべきか。
労災かくしとは
労働者死傷病報告(安衛則97条):休業4日以上の労災は遅滞なく、4日未満も四半期ごとに所轄労基署長へ提出する義務があります(安衛法100条)。故意に提出しない・虚偽記載(「自宅で転んだ」等)をするのが労災かくしで、50万円以下の罰金(安衛法120条5号)。厚労省は悪質事案を書類送検・公表しています。2025年1月からは死傷病報告の電子申請が原則義務化されました。
会社が隠したくなる理由——すべて短期的利益
- 労災保険料のメリット制(災害率による増減)への影響
- 元請への報告・指名停止等(建設業)
- 労基署の調査・是正勧告の回避
いずれも短期的な利益にすぎず、書類送検・公表・その後の民事紛争と比べれば全く割に合いません。
健保処理で何が起きるか——従業員の損失=会社の紛争の火種
- 違法:業務上傷病に健康保険は使えません(健康保険法1条)。発覚すれば医療費の返還と労災への切替えの二度手間になります。
- 3割の自己負担が生じます(労災なら療養補償給付で全額無料)。
- 休業補償(実質8割・非課税)を受け損ないます。
- 後遺障害給付・再発時の保護も失います。
- 「自宅で転んだことに」と口裏合わせを求められた従業員は、後に労災を主張する際、会社の隠蔽指示(録音・メッセージ)ごと提出してきます——隠蔽の証拠は従業員の手元に残ります。
労働者側は止められない——隠蔽が必ず破綻する理由
- 会社が証明を拒否しても申請は止まりません:様式第5号(療養)・第8号(休業)に事業主証明拒否の旨を添えて労基署へ直接提出でき、労基署が会社に照会します——照会が来た時点で隠蔽は露見しています。
- 労基署への情報提供・申告(安衛法違反として)はいつでも起こり得ますし、隠蔽を強要した言動(録音・メッセージ)は証拠化されます。
- 申告者への解雇等の報復は労基法104条2項(申告を理由とする不利益取扱いの禁止)に別途違反し、労災療養休業中は解雇制限(労基法19条)もあります——報復は違法の上塗りです。
会社がすべきこと
労災発生時は、①最初から労災手続に乗せる(労災指定医療機関なら従業員の窓口負担なし)②休業4日以上の死傷病報告を遅滞なく提出(2025年1月から原則電子申請)③外国人従業員(技能実習生・特定技能)には特に注意——言語の壁を利用した「健保でいいから」が構造的問題として行政に注視されており、労災保険は在留資格を問わず適用され、悪質事案は書類送検・公表されます。メリット制による保険料増は、刑事立件よりはるかに安い出費です。
※ 本記事は一般的な法律情報であり、個別の案件に対する法的助言ではありません。実際の案件については必ず弁護士にご相談ください。本記事の内容は記事作成日(2026-06-10)時点の法令・判例に基づくものであり、その後の法改正等により変わることがあります。