「年俸制だから残業代はない」は誤解——年俸制導入前に経営者が知るべき3つのこと
年俸制の設計を解説。年俸制でも割増賃金の支払義務は免れないこと(高知県観光事件・最二小判平6.6.13労判653号12頁)、年俸に残業代を含める場合の明確区分(医療法人康心会事件・最二小判平29.7.7労判1168号49頁)、期中の一方的引下げ不可、賞与部分の扱いまで。
「うちは年俸制だから残業代は払わなくていい」——日本で経営する台湾人経営者に最も多い誤解の一つです。年俸制は魔法ではなく、残業代は発生します。
誤解1:年俸制=残業代不要
年俸制は賃金額の決め方(年単位での決定)にすぎず、労基法37条の割増賃金義務はそのまま適用されます。例外は管理監督者(41条2号。名ばかり管理職は該当しません)や裁量労働制などの例外制度の適用者だけです。単なる年俸制の労働者が時間外労働をすれば、会社は残業代を負います。
誤解2:年俸に「残業代込み」
込み型の設計自体は有効になり得ますが、判例は明確区分性——通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分が判別できること——を要求します(高知県観光事件・最二小判平成6年6月13日労判653号12頁)。医療法人康心会事件(最二小判平成29年7月7日労判1168号49頁)では、年俸1,700万円の医師について、年俸のうち割増賃金部分が判別できないとして残業代は別途支払いとされました。金額が高いことは理由になりません。設計のポイント:
- 契約書・就業規則に「年俸のうち○○万円は月○時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当する」と明記
- 実際の残業が対応時間数を超えた月は差額を別途支給する運用
- 年俸÷12を基礎とする単価計算の明確化(賞与を年俸の一部として事前確定している場合、その部分も割増の基礎に入ります——労基法施行規則21条が除外するのは「臨時の賃金等」であり、事前確定した年俸の分割支給は賞与ではありません)
誤解3:業績が悪ければ年俸を下げられる
年度途中の引下げは労働条件の不利益変更であり、一方的には不可です。翌年度の引下げも、就業規則・年俸規程に評価と改定の明確な根拠・手続があり、評価が濫用でないことが必要です。「社長の胸先三寸で翌年の年俸を決める」運用は、争われればほぼ負けます。
導入時の実務
- 対象者の範囲(全員年俸制には意味がありません——裁量の大きい職位向き)
- 年俸の構成(12分割か、賞与分を含む14分割か)と割増賃金の関係の明文化
- 評価制度・改定手続・下限の設計
- 労働時間管理は通常どおり行う(客観的把握義務・安衛法66条の8の3は全員が対象)
※ 本記事は一般的な法律情報であり、個別の案件に対する法的助言ではありません。実際の案件については必ず弁護士にご相談ください。本記事の内容は記事作成日(2026-05-10)時点の法令・判例に基づくものであり、その後の法改正等により変わることがあります。