【最新判例】出資者が手を引き診療所開設が白紙——医師の内定取消で契約期間全額572万円の支払命令(医療法人社団紫穏会事件)
医療法人社団紫穏会事件(東京地判令和8年1月8日労経速2621号3頁)の判例紹介。出資予定2億円の撤回によるクリニック開設中止を理由とする医師の内定取消しを整理解雇の4要素で審査し、解雇回避努力不足(代替提案は取消し6日後・本人照会が契機・賃金約73%)と手続の妥当性欠如から無効と判断。民法536条2項により契約期間全額572万円+年14.6%の遅延損害金。経営者への教訓付き。
予定していた新事業が頓挫したとき、出してしまった採用内定はどうなるか。「事業がなくなったのだから当然取消し」の甘さを示す判決です。医療法人社団紫穏会事件(東京地判令和8年1月8日労経速2621号3頁)。
事案の概要
医療法人が新規開設予定のクリニックについて、人材紹介会社経由で医師に採用内定を出し、期間6か月・週2日・日額11万円の有期労働契約(始期付解約権留保付)を締結。医師はホームページ用プロフィール作成や写真撮影にも応じていた。その後、開設資金約2億円の提供を予定していた個人出資者が、法人の他院の経営悪化を理由に提供を撤回。法人は他の資金調達方法を検討せずに開設中止を決定し、業務委託先を通じて内定取消しを通知した。後に他院での勤務(時給は約73%)を提案したが医師は拒否し、契約期間分の賃金と慰謝料を請求した。
争点と双方の主張
- 内定取消しの有効性:法人は勤務地・職種限定ゆえの解約権留保、資金撤回の予見不可能性、代替提案・全員一律の人選を主張。医師側は解約権留保の不存在、法人の流動資産約17億円と代替調達の不検討、取消し後・照会後にようやく出た劣後条件の代替提案を主張。
- 不法行為の成否:慰謝料100万円等の請求。
裁判所の判断
- 本件は始期付解約権留保付労働契約で、開設に至らない場合も留保の趣旨に含まれるが、行使が客観的合理性・社会的相当性を欠けば権利濫用で無効。判断は人員削減の必要性・解雇回避努力・人選の妥当性・手続の妥当性の総合考慮(整理解雇の枠組み)による。
- 法人全体は黒字維持で深刻な経営悪化かは不明、代替調達も未検討だが、開設中止の経営判断自体には合理性があり人員削減の必要性は肯定。
- しかし、説明メールは取消し通知後、代替提案は取消しの6日後・医師からの照会を契機で賃金約73%にとどまり、解雇回避努力は不十分。説明も業務委託先任せで「経営判断」と述べるのみで手続の妥当性も否定。よって内定取消しは無効、民法536条2項により契約期間分の賃金572万円(年14.6%の遅延損害金付き)の支払を命令。
- 不法行為は否定(賃金で填補され、別途の精神的損害なし)。
経営者への教訓
- 内定=労働契約の成立。新事業中止による内定取消しは整理解雇の枠組みで審査され、自動的に免責されない。
- 取消しの前に、①代替調達・継続策の検討記録、②自発的・即時・同等条件の代替ポスト提案、③法人自身による直接の誠実な説明。本件はすべて逆だった。
- 有期契約の中途終了リスクは残期間全額。内定を出す前に事業の確実性を見極める。
※ 本記事は一般的な法律情報であり、個別の案件に対する法的助言ではありません。実際の案件については必ず弁護士にご相談ください。本記事の内容は記事作成日(2026-09-02)時点の法令・判例に基づくものであり、その後の法改正等により変わることがあります。